進化する猫 🐈

猫も進化する‥それだけのことなんですニャ~ン😹

考/雨にも負けず❿

nhk連ドラ「おちょやんを観ていて(宮澤賢治の)「雨にも負けず」を想いだしたと述べたが、私には「おちょやんの不幸は他人ごと」として見過ごせないよ。自分の娘を博打や酒代のかたとして売り飛ばす親がいるのは事実でしょう。そんな親の心情を受入れられる人は「他人の不幸は蜜の味がする」と思って笑って観ていられるだろう。あなたは「自分には関係ないこと」と見過ごしますか?あなたは人情味をお持ちでしょう!?

宮澤賢治も人情味を持っていたのです。私は賢治の心を小説に観た。それに関する10年前の記事家長制度へも宜しければどうぞ。原典へもソコから跳べますから、どうぞ。お読みになれば、借金のかたとして・親の田畑(でんばた)を守るために売り飛ばされた娘の悲惨な暮らしが窺われるでしょう。親が娘を買い戻せたら好いが運が尽きて田畑を手放すことにでもなれば?娘は奴隷の身から解放されることはマズありませんよ

そんな娘の哀れ状況を見たくないよね?それで眼を瞑(つむ)って気づかない振りしてる者に従がうのか?「私はチットモ知らなかった」とか言って済ませるか?賢治はそれは駄目だと思ったのです。告発すべきだと思った。それは誰のためか?その哀れな娘のために告発したのか?その娘も含めて・あなたの「お子」の為に声を挙げなければ駄目だと思った筈です。だから賢治はあなたの為に凡(すべ)てを擲(なげう)ったのです。

気づいた人から声を挙げるのです。入沢康夫も(あなたのために)声を挙げたのです。これは勿論私の解釈に依ればです。イーハトーブセンターの解釈だと真逆(まぎゃく)なのですね!?「愚かな賢治の心なんか知らんで良いから、私たちは楽しく過ごそうよ」ですか?賢治の心を知った真っ当な人は知らない振りしていられるだろうか?結局、賢治の側に立つか?「家長制度」の娘を奴隷にした側に立つか?あなたはドチラですか?

入沢康夫は「あの恐ろしいひでりのために」と引用している。(あの恐ろしい)ひでり(普通の)ヒデリと同じなのか?どう違うか?あなたが悪いことをしたときに恐い顏をするお母さんは、だから恐いお母さんですか?本来はやさしいお母さんなんだ。本来のヒデリは善いモノかも知れないじゃないか?結局、あの恐ろしいって何なんだ?私の勘ちがいなの?私の妄想なの?それともイーハトーブセンター側の勘ちがいなの?

入沢康夫は私と同じ見方をしてたのじゃないかな?だけどイーハトーブセンターの誰もが「ヒドリ」に反対していて、それでホントの事を言えなかった…とか?とにかく、ひでり如きを恐がるような情けない百姓は居ないのじゃないか?事情があって…(例えば恐ろしい結末が待ち構える)恐ろしいヒデリが来た日にゃ娘を売り飛ばす日取りを決めなきゃならない。いやいや、おちょやんのオヤジの同類はヒドリで苦笑うのだろうな。
未完/雨にも負けず