進化する猫 🐈

猫も進化する‥それだけのことなんですニャ~ン😹

箱伝説/舌切雀㋑

今回は「舌切り雀」のお噺(はなし)を考察いたします。「舌切雀」と言っても皆が皆、ご存知と決まったものでもないでしょう。有名な「舌切り雀」は脚本がデタラメですから私は嫌いですが、彼の太宰治の場合もどこかが堪えがたかったようです。どこがデタラメと言って⋯時代性・社会性を無視したら駄目だよって、私なら指摘・直してあげたくなるのですが⋯折角ですから、ここは太宰治<舌切雀>を考慮しつつ、私なりに批判させていただきます。

その前に従来の「舌切り雀」のどこがデタラメと言って⋯大概のお人にはお分かりにならないだろうから書いておきます。まず、お爺さんを褒めすぎです。逆にお婆さんを貶しすぎです。事情も分らない者がお爺さんを褒めたからって、お爺さんは「好い人」だろうか?お婆さんは悪いと誰かが拡散したら「お婆さんは悪い人」になるのか?女は米を食べられない時代に雀に米を食べさせる爺さんは優しい人か?「クソ爺だ」と言うのは日本で私だけか?

太宰治版のお伽草紙には「瘤取り・浦島さん・カチカチ山・舌切雀」の4編が載っているようです。太宰が言いたいことはこの四つで間に合ったと受けとめられそうです。但し私と太宰では立ち位置が異なるから結論も異なることになったようです。そういったことが太宰の「舌切雀」から導きだされたと申しておきたいと思います。太宰治は良いとこのボンであり、私は貧乏人の小倅ですが、良いとこのボンにもそれなりに悩みは付きまとったようです。

太宰治版「舌切雀」の初版発行は1945年10月25日になっていますから、太平洋戦争の最中に練られたお伽草紙なのでしょう。生まれたからには正直でありたい思いは全ての命に共通しますし、正直であるためには戦争に現(うつつ)を抜かしている暇はありません。そのような時代に人生を過ごさねばならなかった太宰が忸怩(じくじ)たる想いに囚われるのは仕方ないことと思うし、これは私の立ち位置が寄らしめる想いなんだと好意的に受けとめている。

次回は「舌切雀」に入ります。