進化する猫 🐈

猫も進化する‥それだけのことなんですニャ~ン😹

配剤か? 采配か?ⓕ

天の采配、仮にキリスト教徒は敬虔であろうとするだろう。天は神だが具体的には御主人様のこと。結局、天の采配を信仰する集団では天(=主人)がイチバンだ。その社会で主人から密告せよと命じられたらどうする?敬虔な人々は主人の采配に従って己が父・母・子・兄弟姉妹・友の弱みを報告する。敬虔(けいけん)は西洋の徳目の1つで忠誠・崇敬・孝の心。イチバンに尽くす対象(御主人様)への敬虔の心は他(者)を思いやれず・省みることもない奴隷の振舞い。結局、奴隷として過ごす日々。イチバンが決まった猿・犬・雉たちは主人(桃太郎)の采配のままに鬼を敵視したのですね!?

あなたが仕えるイチバンが人間を敵視する采配を振ったらどうなさいます?あなたは「人間を敵視しないよ」と弁解・ゴマカシて、その場逃れをしますか?そんなあなたであればこそ、人間を敵視する嵌めになる。弁解・ゴマカシているようでは低レベルの猿・犬・雉の信仰と大して変りません。ソクラテスクサンティッペの夫婦が信じあい・支えられあって過ごしたことはお分りでしょうか?難しいですか?自発能動支えられるのは相手任せ⋯ね(#^.^#)。黍団子で子分を手に入れた桃太郎の主従関係のドコにもは見当たらないし、子分は黍団子の義理なしに親分を支えなかった。

自発能動の信は相手が信じるかどうかでなく、自分が信じるかどうかだろう。ソクラテスは妻クサンティッペを信じた。クサンティッペソクラテスを信じた。また自分が支えているという自負は結構だが、自分は支えられていると信じているかどうかだろうな。だから人間を信じるか否かが大事になる。ここでは人間を人間性と言ったほうが分りやすいかも知れないが、却(かえ)って分り難くなったかなぁ⋯。人間(性)を信じる人は自分自身を信じる。他人を信じない人は己をも信じない。この人間不信の空気に染まると、たとえば宮澤賢治を馬鹿にして辱しめ貶めるような事態も起こる。( *´艸`)

人間を信じない者の信仰からが生れたと言っても過言(かごん)でないと思う。罰するためにを考案したとも考えられる。あなたを好きな人があなたを罰したいだろうか?あなたの罪を考案したいだろうか?結局、人間を好きでない・信じない者が人間を裁く法を考案したといえるのでないか?人間を裁く悪しき法に依るとき、例えば宮澤賢治の思案中の未発表の手帳は盗み読みされて・間違い呼ばわりされて・愚か者呼ばわりされ・遂にはインターネット広報で拡散された。この破廉恥な行為を認めたくないのは分るが、拡散したからには自分等の行為をほお被りかぶりしてはなるまい。

猿・犬・雉(きじ)などの低レベルな信仰であれば誤魔化し・逃げて・済ますかも知れないが、ヤハリそうなのか?黍団子(きびだんご)よりも美味しい饅頭(まんじゅう)を喰わせてもらえるとでも思って期待したのかしら? 幼児・子供にどれほどの悪影響を及ぼすだろう。困ったことです。今回はココまで。了。
配剤か采配か  未完/雨にも負けず